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地球人類は今、時間の壁を超える時期が近づいた! 

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古い地球の「内部マトリックス」 ↑ 拡大

 『旧約聖書』の「創世記」に記されている神話「アダムとイヴの失楽園」の物語は、アダムとイヴが禁断の樹の実を食したことで「神の楽園」を追放された。その結果、物質世界という地上に、人類種(ホモサピエンス)という生命体が発生した。その人類は、生まれながらに、「原罪」という罪を背負ってきている。そして、宇宙の高次元領域から一時的に隔離され、閉じられた時空として、地球ならではの周波数が固定された。

それは、イヴの好奇心という女性特有の感情が抑えられず、アダムと共に地上という三次元世界(二元世界)への旅が始まった出来事だった。それを通して、「神の楽園」という、まどろみ状態にあった四次元世界から、地上の三次元世界へと落とされ、今日のホモサピエンスという人類種が誕生した。宇宙周期でいうところの第一周期にあたる。

それから長い時間が経過し、現在の第七周期までたどり着いたのである。人類は、神の楽園追放後、地上の二元世界を探索するため、神から自由意思を与えられ、生かされてきた。その意味もあって、人類は現在の第七周期まで、”行きは、ヨイヨイ” と好き勝手に生きてきたのである。その間に、多くの経験は積んだものの、逆に多くの 「罪」 を作ってきてしまったのも事実である。

このように閉じられた世界に人類は地球世界を創造し、最後の周期である第七周期まで来てしまったのである。この世界は、正に、「籠の中の鳥」 状態が永い間、続き、この閉じられた世界を 「子宮内宇宙」 あるいは、「内部マトリックス」領域といって、今日までの独自な地球世界を形造ってきた。

そして神々は、この閉じられた世界の中に、ホモサピエンスを代表する人類の成長に必要な、集団や社会を作らせ、次にルールを決めさせ、歴史をつくっていった。そして、このような環境が整うことで、人類は多種多様な経験値を積むことができ、成長するための 「学び舎」 ともなったのである。

しかし、ようやく胎児が十分に成長するための期間 (十月十日) が経ち、いよいよ人類にとって出産という、古き良き 「学び舎」 を卒業する時期が近づいたのである。これは、制限かかけられた時空の壁 (子宮の内部空間) を突破することにも関係しており、いよいよ人類にとって、最大級の 「峠」 に差しかかったと言えるのではないだろうか。

以前から、待ちに待った彼岸として目標にしていた、時空間の壁を超える時期が遂に近づいたのである。この予感を感じたのは、ここ一ヶ月のことであり、過去から行っていた作業として、地層の壁を遂に突き破ることに成功した。これにより、地球中心核にあるとされるアメンティーのホールに出ることができたのである。

この領域に出ると、地球の制約として人が転生するごとに、付きまとってきた集合的に横たわっている先祖や民族のカルマ的な要因から、影響をもろに受けなくなり本来の自由性が取り戻せる。

この影響は、おそらく誰もが、これら時空間の制約として、宇宙の外である 「創造の源」 へと行くことを阻まれてきた原因ともなっていたという事実に気付き始める。この壁は、地球人類にとってのいわば 「檻」 (おり)でもあり、この 「檻」 のことを、何度も繰り返すが、「子宮内宇宙」 又は、古い地球の 「内部マトリックス」 という。この象徴を象ったのが、日本のお祭りで担ぐ 「お神輿」 であり、童歌にもあるように、”籠の中の鳥は、いついつ出やる” と表現したのである。

この閉じられた世界は、初めから制限が設けられ、内部に時空間的な因果律が働くように仕組まれていて、人類にとって制約を受けるよう、予め設定されていたのだ。何故なら、宇宙のプログラムを実行する神々にとって、地球と人類のエネルギー的変容を促す目的もあって、魂と霊的身体の成長に一役買っていた。更には、学習プログラム上、人類にとってこれら、「因果の法則」を通し、より理解を得やすくするための環境ともなった。

要するに、この時空間領域は学習のための学校でもあった訳であるが、これまでの時代は 「影の時代」 として止まり、人類は宇宙の真実の姿や真実の情報、更には高次元領域から入ってくる宇宙エネルギーまでもが遮断され、狭い箱の中で右往左往しながらも、様々な歴史を通して多くの学習経験(教訓や成功体験)を積み成長し続けてきたのである。

これら、臨界点へ向かうためには、どうしても人類は、時空間的な制約を受ける必要があったことが、これまで述べてきたことからも容易に理解できるだろう。何故なら、これらの因果律を自らが直接受ける体験を通して、よりリアルに学習を積むことが出来たからである。

なぜならば、時空間因果律により、自らが世界に放った結果をリアルに受け止めるため、時に成功体験を積むこともあれば、時に失敗体験を積む結果ともなった。この因果律を通して、四次元世界にいる時より、三次元世界に降りてきた方が、因果律をもろに受け止めるため、リアルな教訓や反省材料が生まれるからである。

これらの学習体験から様々な理解が生まれ、同時にエネルギー変換も一緒に促進されていったのである。つまり、一時的な制約を踏むことで、魂と霊的な身体の成長を促進する力になったということである。多くの経験により、理解ある意識の成長と相まって霊的な身体の成長も促進するからである。

皮肉にも、それら身体の成長を促す 『鍵』 となるのが、楽園で「罪」をつくった直後に神から言い渡された、宣告ともいえる発言で、人間が生きるための条件として、 「食と労働」 を義務付けられた。それと、同時に三次元世界には、時空間因果律と重力が働いているため、その結果、人間は 「最後に土に帰り、死する」 宿命を背負わされたのである。

それらは、ホモサピエンスである身体としての原型(アダム・カドモン)を、人が生まれ変わり、死に変わりを通して、連綿と受け継ぎ作ってきた歴史がある。その結果、人類を代表するホモサピエンスの原型が成長を遂げ、子宮内の胎児として、ようやく出産を迎えるまでに至ったのである。

予断であるが、身体が十分に出来ていない段階で、外の高次な宇宙に放り出されたら、殆どの胎児は生きていけない。これは、未熟児の段階で外の世界に出されることと同じで、そのための措置として胎児を一時的に、安全な場に移し保護する必要があったからだ。

それが、「保育器」 であり、時空間的な制約を設けることで、逆に胎児にとっては保護される力に取って代わった訳である。この緩やかな成長過程を通して、身体と併せて個性化を育んでいった。

しかし、永い間の変容を通し、胎児は心身ともに十分に育ち、いよいよ子宮内の世界から外の、より高次な世界に生まれ出て更なる成長を遂げようとしている。現在、この臨界点をどれだけの人が感じ取っているのか?これらは、人によって様々であり、それぞれの持つ特性から、どうしても個人差が出てくることが予想される。しかし、この違いは、どこから来るのか ・・・ !

それは、個人の気質が生み出すカルマ的な要素が絡み、そこから多くのカルマ物質を生産し、それがどれくらい地層に堆積物として残しているかである。その量の違いからも個人差が出てくるが、それらがアメンティーへと続く通路に、一種のブロックとして止まっており、それが通過する上での一番の問題点となっている。

人を外見から見ただけで、その人の持つカルマの分量を判断する手掛かりは得られない。私の経験上、蓋を開けて後から分かることは、表に表れているところは「氷山の一角」であり、まさに表に現れていない「水面下」にこそ、大量の根のカルマが横たわっていることに何時も驚かされる。

それこそ、一人ひとり蓋を開けてみなければ、判断が付かないところがある。このカルマ物質が大量にあると、出産がどうしても 「難産」 になりやすい傾向になる。そのため、そのような人は予定の時期より、かなり遅れるのは必須である。

更には、現在も尚、エゴを暴走している人にとっては、出産はより危険性が出てくることは確実である。これらのカルマ物質とは、消極・否定的な情念体がつくり出した産物である。この情念体を意識的・無意識的に出す習慣のある人は、修道を実践する必要があり、進んでこの時期に実践が出来れば、どうにかギリギリ間に合う。

これらの情念体が放たれた結果、空間に融けて消えることは決してない。それは、そのまま地下に溜まり、幾重にも「鍾乳石」のように堆積し、地下深くまで根を張り成長し続けるところがある。そして、しまいには自らを支える 「生命の樹」 を根こそぎ枯らしてしまう。

要するに、そのまま放置すれば、いずれ根腐れを引き起こす原因にもなるからである。「生命の樹」 は、カバラでも象徴されているように、これらを支える根源領域は根の世界に存在し、現在、そこでの浄化作業が急務であり、この作業は非常に困難を極めるからだ。

子宮内宇宙に象徴される 「内部マトリックス」 領域とは、心と感情の織り成す潜象世界であり、神秘学でいうところの 「月下の世界」 に象徴されている。要するに、個々の潜在意識は人類の集合無意識と、直接的・間接的に連動していて、そこを形造る世界と理解すれればよい。ここを 「赤の世界」 といって、宇宙では 「赤の書物」 が存在しており、心や感情に対する学習要項として示されている。

外の世界、つまり 「外部マトリックス」 の世界に出るためには、この赤の領域を完全に自己コントロールするためのライセンスが必要になってくる。この 「赤の書物」 を学習し、完全に卒業しなければ、外部宇宙へのライセンスを神々から戴くことは出来ない。赤の世界の向こう側にある教えこそが、「宇宙の叡智」 であり、この領域は 「青の書物」 として存在している。

因みに、 「赤の書物」 の内容について付け加えれば、自らの心や感情の乱れに対し、自己コントロールする完全なる調整力と併せて、生命にとっての普遍的な愛念、感謝の念、慈悲の念といったものも含まれている。これは、乱れた感情を修正し、普遍的な 「宇宙の 想い」 に帰るための学習である。

それらは、かつてのキリストや仏陀の残した教えに見られるような、神や宇宙に対する信仰的な要素からなり、全体的にそれら心の発動を促す教えが主眼となっている。そこを橋渡すことで、「外部マトリックス」 領域である 「宇宙の叡智」 へと繋いでいくことができる。

この時期、通常の時間の流れと並行して、過去へと遡る時間の流れも含まれている。そのため、出産の流れに便乗している人は、必然的に過去の出来事に遭遇しやすい傾向にある。この出産の流れとは、通常の時間とは逆行している流れであり、それは、より内側に意識を向け、内省し自らの自我や欲望を極力抑え本質に向けられれている。出産は、時間を過去に遡ることで、根源領域に帰れるのである。それとは正反対に、意識が外側に向けられ、自我や欲求の赴くまま、突き進む者たちが一方で存在している。

出産の流れに便乗している人たちは、自己修正の流れにいる人たちであり、その多くはカルマ的な印象に見舞われ易くなるという。これらの人たちは、過去に負ったトラウマ的な印象を次々に受け取るため、いわばフラッシュ・バックしやすい状況にあるともいえる。これらは、童謡でも唄われているように、”行きはヨイヨイ、帰りは怖い”と、いうことを物語っている。

そこで、大切なのは心や感情の乱れから自らを見失うことなく、十分に意識的かつ精神的なバランスを保つことが大切である。これらの重要性を現在、少なからず実感している人にとっては、正常な出産への流れに乗っている確認にもなるが、人によっては完全に抜け切った人もいて、一切の感情的な乱れがなくなり、すっきりした感覚が続いている、という人も中にはいる。

元来、人間はややともすると、”猿同然であると神によって示された!” という話があるが、これは、「三猿」(見ざる・聞かざる・言わざる)として、神が地上に降ろした象徴物の一つであり、まさに、この時期は冷静な自己コントロールを保つ人間こそが、「出産」 を無時に通過することが出来ることを示され、同時に修道の大切さも示唆された。

我々の船である、「次元空間船」 は、幸いに時間を逆流しており、その速さが間接的な時間を生きる地上の人たちより、桁外れに出産が早く完了する仕組みがある。そのための要素として、「次元空間船」 との同調率を高めることが 『鍵』 になっている。そして、上記で説明したように心の調整と併せて、共同超意識(非局所的な一体感)としての魂の連帯感をそれぞれ、持つことが重要になってくる。
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